木彫界巨匠山崎朝雲が原型を彫る【亀山上皇立像】
先日、大宰府政庁跡そばに、彫刻家富永朝堂氏旧宅を訪ねてみたお話をしました。
その際に得た富永朝堂氏の来歴を(ざっくり)振り返ってみると↓
富永朝堂は昭和木彫界を代表する彫刻家。現冷泉町で生まれ、彫刻を学ぶべく家出をして上京。東京で朝堂が頼ったのは筑前琵琶奏者の橘智定。智定の義弟で彫刻家山崎朝雲に弟子入り。
入門5年目に「朝堂」の号をもらう。「老猿」「雪山の女」で確かな実力を示し、「白鷺」で一躍有名に
とあったんです。

ふーん、山崎朝雲氏に弟子入り。おやそういえば!ぴっかーん。

以前に読んだ福岡にまつわるエッセイ集『博多歳時記 新がめ煮/江頭光著』(p315)に、

こんなお話がありましたよ。ちょっと参照させていただきます(ありがとうございます)。↓
東公園は千代の松原に明治13年にできた。亀山上皇銅像が完成したのは明治37年。原型を彫ったのは博多櫛田前町(冷泉町)で生まれた木彫界の巨匠山崎朝雲で、台座にある「敵国降伏」の文字は有栖川宮熾仁親王の筆
東公園のあの銅像は、富永朝堂氏の師匠山崎朝雲氏による作品だったんですね。というわけで、実際に見に行ってきましたので、今回はそのお話をしたいです。
ちなみに!「西公園」のお話はこちらの記事、↓
それから「南公園」のお話はこちらの記事でどうぞ!
ではいざ「東公園」へ向かいたいと思います。妙見通りに沿って北東へ進むと、

妙見の交差点。

左先に見えるのが「千代森神社」で、
今回はそのまま交差点を渡って真っ直ぐ進みます。

すると右にJR吉塚駅。

ここは以前、「勝田線」を辿る際に出発地点とした場所でした。
そのJR吉塚駅前からずずっと真っ直ぐ西へ向かって歩きます。

すると、左手に東公園入口が見えてくる。

それからちょっと先には、日蓮上人像もちらり姿をのぞかせます。

では入園!入って正面に噴水(壁泉)があって、

喫茶店を抜けた左手に、【亀山上皇銅像】が聳え立つのが見えてきます。

ちょ逆光!!

まず説明書きがありましたので、

読んでみるとこんな具合。↓
13世紀後半の元(モンゴル)軍の来襲の際に「我が身をもって国難に代わらん」と伊勢神宮などに敵国の降伏を祈願された亀山上皇の故事を記念し、福岡警察部長等の尽力により、明治37年(1904)元寇に縁あるこの地に建立
続きます。↓
高さ6メートルを誇るこの像の原型となった木彫像は、当時、高村光雲門下で活躍していた、博多櫛田前町生まれの彫刻家山崎朝雲の代表作のひとつで、現在は筥崎宮の奉安殿に安置されています
とのこと。

(※筥崎宮の木像亀山上皇御神像についてはこちらで!↓)
では階段を上りますよ。

老体にはきつめの勾配だけど、下まで落ちることなく無事に上り終えました。↓

敵国降伏。↓

国旗掲揚基。↓

ぐるり像の背後へ廻ってみると、↓

ほらちゃんと山崎朝雲と刻まれていました。おおー。そりゃそうなんだけど。

(※並んで刻まれている廣田徳平についてはこちらの記事で!↓)
ちなみに先ほどちらっと見えた『日蓮上人像』に関しまして、先述の書籍『博多歳時記 新がめ煮』によりますと、↓
名僧佐野日管の提唱により、東京美術学校教授竹内久一が原型を彫りました
だそうです。気になりますよね。寄ってみることにしましょうか。だけど、

そのお話は次回に。よろしくお願いします。
【東公園 亀山上皇立像】
福岡県福岡市博多区東公園5-25






