大石垣の滴それは甘露の味【大野城の大石垣】

これまでも数回登ったことのある【四王寺山】を先日再び登りましたので、今回はそのお話です。

少し前にも、福岡県大野城市乙金地区にある「福岡県市町村研修所脇」からのびる『大城自然の宝道』を辿って四王寺山を登ったんですが

今回はまた別のコース。福岡県太宰府市に鎮座する『坂本八幡宮』脇の道から登っていくことにします。というのも

【大野城の大石垣】を見るには、この坂本コースがルートの中で一番手っ取り早そうだからなんです。こんにちは。ではスタート。

政庁通りから大宰府政庁脇の道を上っていきます。

まず入り口のところに案内書きがありましたので

さっそく寄ってみて

読んでみるとこうありました。

蔵司地区官衙。大宰府には実務を司る19の役所がありその多くが政庁周辺に設けられていた。政庁西側の丘陵は「蔵司」とよばれている。「蔵司」はもともと西海道(九州)九国三島(のち2島)の綿・絹などの調庸物はいったんここに集められ、一部は都に進上されました

続きます。↓

後方の丘陵上に礎石建物(倉庫)1棟、二重の築地、内部に建物5棟が見つかった

とのこと。では先へ進みます。

右隣は「大宰府政庁跡」。もうずいぶん前のことですが

訪ねたことがあります。懐かしさすらあるこの風景。↓

そのまま進んだ左手には、こちらも以前訪ねたことのある

『坂本八幡宮』が鎮座。

さらに上っていくと、四王寺山頂と記された案内が出ていて

そのすぐのところには、

『オカッテサン』それから

『玄清法印之墓』も。

これらも、ずいぶんお久しぶりですといった感じです。

そばに案内が出ており

左へ進むと「九州自然歩道(水城跡)」、このまま真っ直ぐ進んでいくと【大野城跡(大石垣)】。

さらにしばらく歩いた先に登山口を発見。↓

一度振り返ってみるとこんな景色が広がっています。もうこの時点でそこそこ高所。

では山道へ入っていきましょう。

しばらく舗装道路が続きます。

途中で岩屋城へと分かれる階段が右にのびますが↓

今回はまっすぐそのまま。

次に出てくる【大石垣】の案内で右へ入っていきます。↓

わりとのんびりした山道で歩きやすくて↓

春の小川がさらさら流れ

その流れに沿って一緒に歩いていくと

おもむろに石垣である。

ああ素晴らしい石垣。結構、感動。

足元に説明書きがありましたので

さっそく読んでみると

平成18年から石垣の復元を開始。困難を極めました。切り出した石のような表情と石垣の積み方はうまく表現できませんでした。地形の変化のため築造時通りにいかない部分も

災害からの石垣復元にまつわるお話でした。

横からも見てみる。↓

ステキな感じ。上ったところはこういう具合にさらに道が続き↓

そして説明書きがありましたので↓

読んでみますね。↓

大野城と大石垣。大野城跡は白村江の戦の後、大陸からの侵攻に備えて西日本各地に築かれた山城の一つ。百済の亡命高官2名の戦略的技術のもと築城されたことから、朝鮮式山城とよばれています。尾根から少し下ったところに土塁と石塁をめぐらせ城壁とし、要所に城門と水門を配置

続きます。↓

この場所は石のみで築かれた長さ100mほどの城壁で、尾根の間にある2筋の谷を跨ぎ構築されています。現状で谷部分の石垣の高さは7mあります

とのこと。添えられた地図と↓

豪雨災害時の様子。↓

では先へ進みます。↓

ほどなく山頂土塁部分に到着です。お疲れ様でした。

ちなみに前回の登山時は、毘沙門堂から水城口城門まで

反時計回りに土塁跡を歩きましたので

今回、その間のギャップを埋めるべく時計回りに水城口城門まで歩き

再びここまで戻ってきて、からの、焼米ヶ原で〆たいと思います。

そのお話は次回に。よろしくお願いします。

【四王寺山坂本登山口】

福岡県太宰府市坂本