名前の由来が分からなかったぴえん【オカッテンサン】
前回の続きです。↓
前回、福岡県太宰府市の坂本地区に鎮座する【坂本八幡宮】を訪ねたお話をしました。↓

そして訪ねたあともさらに近辺を散策してみましたので、今回はそのお話をしたいです。こんにちは。

【坂本八幡宮】からさらに山の方へ少し上ってみると、↓

細い道の左手に石垣があって↓

その石垣に階段がある。↓

階段の先にはお堂があって、こちらは【オカッテンサン】という鬼子母神のお堂なのだそう。

鬼子母神は安産・子安の神として知られていますが、いったいなんぞやと。そこで
wikipediaの鬼子母神の項を参照してみると
武将八大夜叉大将の妻で500人の子の母であったが、これらの子を育てるだけの栄養をつけるために人間の子を捕えて食べていた。
見かねた釈迦は、彼女が最も愛していた末子のピンガラを隠した。彼女は半狂乱となって探し回ったが発見するには至らず、助けを求めて釈迦に縋ることとなる
すると↓
釈迦は「多くの子を持ちながら一人を失っただけでお前はそれだけ嘆き悲しんでいる。それなら、ただ一人の子を失う親の苦しみはいかほどであろうか。」と諭した。彼女が三宝に帰依すると、釈迦は隠していた子を戻した
こうして↓
彼女は仏法の守護神となり、子供と安産の守り神となった
とのこと。
お堂の中に、その鬼子母神の像があるんだそうで↓

奥に見える輝く像が鬼子母神でしょうか。↓

(※東京雑司ヶ谷鬼子母神のお話はこちらで!↓)
また境内奥には万葉歌碑が立っていて、こういう風に刻まれていました。↓

「しろがねも くがねも玉も 何せむに 優れる宝 子にしかめやも」
(意訳:金銀よりも子どもが大事!!)。万葉集にある山上憶良の歌。
再度wikipediaの出番です。山上憶良の項には
筑前守であった山上憶良は、大宰師であった大伴旅人とともに筑紫歌壇を形成した
とありました。
境内の左手には、石仏が並んでおり↓

供養塔。↓

書籍『麗し太宰府』から関連箇所を一部参照させていただきますと(ありがとうございます)↓
かつて四王寺山の中腹には般度の滝があり、そこに100体を超える石仏が祀られていました。水害のために流出してしまったけれど、村の人々がその一部を救い出し、【オカッテンサン】に安置したのでした
ということなんだそう。

境内の右手にも、↓

多くの石仏が並んでいました。↓

ところで、なんですけど。【オカッテンサン】ってなんなんです!?どういう意味!?

岡天さん!?え!?え!?お話は次回に続きます。↓
(※坂本口四王寺山登山のお話はこちらで!↓)
【オカッテンサン 鬼子母神堂】
福岡県太宰府市坂本3丁目15-17



