私には用心米の制度がなかった【櫛田神社04】

前回の続きです。(→やはり見どころてんこもりであった【櫛田神社03】

これまで私は、福岡市博多区の上川端地区に鎮座する【櫛田神社】を訪ね、そして数回に渡って神社境内を徘徊し↓

前回は、南神門から時計廻りに境内をぐるりと散策してきました。↓

今回も前回に引き続き、辺りをウロウロしてみたいと思います。↓

さて、社務所を過ぎた辺りに、立派で大きな石灯籠が置いてありました。なに徳?なに?徳?漢字は難しい。↓

そのすぐそばには説明書きが立っていて↓

こちらには「博多廉売の碑」と書いてありました。多分後ろの石碑のことかな。ちなみに廉売とは、安売りの意なんだそうです。説明書きを読んでみるとこんな具合。↓

大正時代のこと。物価上昇の原因は流通機構の欠陥であるとして、有志が「博多部廉売会」を組織し境内に市場を開いたのでした。博多福岡では市場のことをレンバイと呼びます。またスーパーの発祥は博多であろう。

とのこと。また、こちらの碑には「博多津中備米蔵」と記してあって↓

説明書きにはこうありました。↓

博多備荒米。博多津中の生活防衛に大きな役割を果たした博多義倉と呼ばれる制度の名残で、米を貯蔵し庶民の救済にあてた「用心米」に関するもの。

境内の雰囲気はこんな感じで↓

さらに奥へ進むと櫛田会館があり↓

そのすぐそばに北神門。立派な門だもん。↓

こちらの狛犬は、なんだかいかついな。↓

北神門を抜けて、そのまま真っ直ぐ進めば冷泉公園方面へ。↓

また通りを反対側へ進むと、萬行寺へと道は続きます。↓

せっかくですので、北神門を正面からぱちり。とか言ってね。↓

かっこいいドラゴン!!ふゅーふゅー。↓

そんな具合に満喫しながら、再び境内の楼門まで戻ってきたら↓

そばのところに説明書きがありましたので↓

読んでみたいと思います。いまさらですが!!↓

社伝によれば、天平宝字元年の創建とされ、古くから博多津中の鎮守として人々の崇敬を集めてきました。当社の例祭として執り行われる博多どんたく・博多祇園山笠・博多おくんちは全国に知られています。

また↓

境内には櫛田の銀杏・蒙古碇石・力石、飾り山笠や博多歴史館があります。

とのこと。それでは、楼門をくぐって外へ出てみましょう。そっと振り返ると、正面鳥居があって↓

ここから大博通りへとのびる表参道を、まっすぐ進んでみたいと思います。↓

すると参道の端にどん。↓

反対側から見てもどん。↓

こちらは大博通りで↓

通りの向かいに見えるのが「東長寺」。(→人は地獄というけれど【東長寺】)↓

すぐそばには地下鉄祇園駅もあるよ!便利!!↓

この大きな通りをわざわざ渡って、私は東長寺側からも写真を撮るのであった。↓

ちなみに、通りの向こうには「龍宮寺」も見えているよ。(→人魚には人魚の事情があるだろう【龍宮寺】)↓

さて再び大通りを渡って↓

【櫛田神社】正面まで戻ってきたところで↓

おしまいなのであった。


【櫛田神社】

福岡市博多区上川端町1−41