見栄も何も構わず涙をダクダクと【近世快人伝/夢野久作】
先日読んだ書籍の紹介の中に、夢野久作によるエッセイ集的作品『近世快人伝』が紹介されていましたので、

さっそく読んでみました。今回はそのお話です。
文献紹介には『近世快人伝』について、↓
頭山満、奈良原到、夢野久作の実父杉山茂丸など、人を通じて玄洋社を描いたもの。遠慮なく玄洋社を鋭く切り刻んでいる
とありました。そう、こちらは福岡にまつわる4名の人物を描いた作品で、そのうち3名は玄洋社関係者であり、
4名其々について、夢野久作が知る奇人怪人エピソードが多々綴られています。なんと巻末には(附)として再び父杉山茂丸について語られています。
(※夢野久作についてはこちらの記事でも!↓)
解説部分による書籍紹介には、
玄洋社の猛者たちと魚やの大将の人生を描いた人物評伝。ユーモア溢れる筆致でいきいきと動き出す
とのこと。(※頭山満についてはこちらの記事も!↓)
(※杉山茂丸については、以前、長崎街道を辿って山家地区へ向かう道すがらに、
茂丸のお父さんである杉山灌園が開いていた塾『敬止義塾跡』を訪ねたことがあります↓)
(※さらに、山家地区では『杉山茂丸寓居碑』も訪ねたお話をしました)
といったところで、それではまず、頭山満の章から読んでいきます。いくつかをかいつまんで参照させていただきます。
まずはこんなエピソード。頭山満は自身のことを、↓
俺は無器用。その無器用なおかげで天下形成の図星だけは見外さぬ
と語っていたとのこと。不器用で下戸でもあった満翁。常盤館での大宴会の際には、目の前で繰り広げられる大立ち回りも意に介せず眺めていた、だとか(p19)、
(※常盤館についてはこちらの記事も!↓)
ある時の和尚との面白禅問答のくだりだとか(p22)。頭山満をそばで見てきた久作ならではの面白エピソードがこれでもかと記されています。
そして傍で見てきた肌感覚として、夢野久作は頭山満をこう語ります。↓
持って生まれた平々凡々式でありのまま。そこが筆者をして好きにならしめた第一の条件
カリスマ性とともに人をひきつける魅力も多分にあった人物。また頭山満に関してこういう具合に分析しています。↓
維新後、黒田藩は除外されたけれど、それは藩が佐幕だ、尊攘だと優柔不断であったから。
でもそれこそが、後に頭山満ら福岡浪人闊歩の原因となった(p30)
そんな福岡浪人の中には利権を漁るものも多くたけれど、↓
頭山満翁は超然としただ忠君愛国の一念であった(P32)
ちなみに、頭山満の章に限らず、書籍を通して、4名各人の行き過ぎた暴れん坊エピソードが次々と語られており、

中には現代的観点からどうかというエピソードもありますが、時代ゆえの軽口と受け止めたい。
では杉山茂丸の章へとお話は移ります。

福岡藩儒者の長男として生まれた茂丸。父三郎平灌園を隠居させ家督を相続し、玄洋社に参画。
のち玄洋社を離脱して海外貿易に着眼(p44)。そんな茂丸は玄洋社についてこう語ります。
真正直に国粋的なイデオロギーでは駄目。西洋の唯物功利道徳に対して行けるのは俺一人(p46)
その一方で世間は茂丸のことを法螺丸と呼んだそう(p47)。息子夢野久作について茂丸はこう語り、↓
実に呆れた奴だ。小説の一二行読むうちになんの事やら分からなくなる。一生涯叱らないことに決めた
その夢野久作は自身のことを、
九州の香椎の山奥で妻子五人を抱えて天然を楽しんでいる。この愚息も法螺丸にとっては苦手かもしれない
と述懐するのでした。ここからは巻末の『(附)父杉山茂丸を語る』の章へ飛びます。
ここではこれまでのポップな文体とは打って変わり、落ち着いた真面目なタッチで愛情たっぷりに父茂丸を語る息子久作。
なつかしい、恨めしい、恐ろしい、ありがたい父であった(p210)
その父茂丸がいよいよ最期かという時分には、↓
香椎の球場で予選を見ているうち小母さんが電報を持って走ってきた。チチノウイツケツスクコイ(p229)
ここで述べられる香椎の球場というのは、あの、かしいかえんがあったそばの球場のことなのかな?↓
そして亡くなった際には、↓
駅頭まで見送りに来た頭山満先生が見栄も何も構わず涙をダクダクと流していられるのを見た時私は顔を持ち上げ得なかった。
広田弘毅閣下も泣いておられたそうである(p235)
(※広田弘毅についてはこちらの記事も↓)
といったところで、杉山茂丸のお話はここまで。次は奈良原到の章。
久作はまずその人物について、↓
真黒く物凄く輝く眼光は常に鉄壁をも貫く正義観念を凝視。時代を間違えて生まれた英傑(p70)
と語ります。奈良原到はもともと人参畑塾の門下であり(p72)、人参畑塾の少年連は、健児社を組織。↓
彼らは日々乱造狼藉を働いており、中でも急先鋒が奈良原であった(p76)
とのこと。健児社はのちに玄洋社に。こちらでは↓
頭山満が大将株、奈良原到、進藤喜平太ら多士済々(p92)
であり、↓
土佐にて板垣退助が自由民権と叫び出したのをききつけ、頭山満と奈良原到の二人は様子を見に行き、玄洋社は民権論に加勢することに(p98)
のち奈良原到自身は、↓
玄洋社と相容れなくなって不遇の人生を送ることに(p101)
そんな歴史の流れが、豪快なエピソードとともに語られていました。ここでも怪しげなエピソードがたっぷりで、
それは次の篠崎仁三郎の章も同様に受け継がれます。博多大浜の魚市場の湊屋の大将であった篠崎仁三郎。
なかなかどうしてな紹介しずらいエピソードばかりだけど、
当時の空気感がストレートに伝わってくるとも言えるのかな。以上で書籍紹介は終了です。
最初から終わりまで男性ばかりのお話で、とにかく『漢』エピソード満載。
女性の快人話も聞きたかったところではあります。完。







