一度くらいは飛ばし間違えたりして説【晴明の井】

たしか昨年の秋頃に、福岡県太宰府市の『榎社』を訪ねたお話をしました。

『榎社』は菅原道真公が大宰府に左遷されてから謫居した場所で↓

そしてその前を延びる通りを真っ直ぐ進んだところには↓

道真公とともに大宰府へ下ってきた

息子「隈麿」が眠るという『隈麿公の墓』がありました。↓

さて今回、どうしてこの辺りをウロウロしているのかといいますと、『安倍晴明』にまつわる史跡があると聞いたからなんです。↓

とはいっても安倍晴明のことを全く知りません。いや、名前くらいは聞いたことがあるなとか思ってたら、

福岡市東区の馬出地区に鎮座する『翁別神社』(↑)で一度出会っていたのでした。↓

そしてその東区馬出の地で、私は晴明にまつわるこんなエピソードを知って、↓

不思議な話を聞きつけたのが陰陽師の安倍晴明。さっと杖を投げると、杖は白龍となって馬出の地に突き刺ささり、そこからまた「鏡の井」が復活したのだった

杖を振り回す晴明を思い浮かべるや、「かっこつけ過ぎなんじゃないかな」と、偉そうに苦言を呈していたのだった。ごめんなさい。↓

ではあらためて晴明についてwikipediaで調べてみます。↓

平安時代の陰陽師。陰陽師賀茂忠行・保憲父子に陰陽道を学び、天文道を伝授された。皇太子師貞親王(後の花山天皇)の命で那智山の天狗を封ずる儀式を行う

ちなみに陰陽師というのは、祈祷や占術を行う人のことだそう。また↓

京都には安倍晴明を祀る『晴明神社』が鎮座し、その境内には「晴明井」があります。なんと安倍晴明が念力で湧出させた井戸で、井戸の水には病気を治すパワーがあるらしい

その京都にあるという『晴明井』ですが、なんとここ福岡の地にもあるらしく、それを今探し求めているのだ!!

 

あっちかなこっちかなと、ふらふら脇へ入ってみると、小道の奥に神社が鎮座。↓

こちらに鎮座するは「晴明神社」ではなくて『鹿島神社』。↓

案内板など見当たりませんでしたので、太宰府市文化ふれあい館HPを参照させていただきます。↓

ご祭神は「武甕槌神」。かつては片野村全体の氏神、現在は榎区だけで奉仕。榎の旧家である菊武家の先祖が鹿島神道流の極意を授けられており、鹿嶋明神を勧請したという伝承が残されています

とのこと。

こちら拝殿。↓

そちら本殿。↓

境内の雰囲気。↓

毘沙門天。↓

神社境内の奥からは反対側の通りへ抜けられるようになっていて、そこから坂道が続きます。↓

フィーリングでなんとなく下ってみたら なんと通りの角に【晴明井】を発見。↓

これは!!晴明に呼ばれている!!だから来ました!!こんにちは!!↓

そばに説明板がありましたので↓

読んでみると、こんな具合。↓

陰陽家安倍晴明がひらいたとされる井戸。どんな早でりの時も水が枯れないといわれている。出産時にこの水を使うと安産であるという信仰も。祠の中の三角形の板状の石は、水を守る神様だそうです

ところで、安倍晴明がなぜこの地に井戸をひらいたか。

 

特に記述がありませんでしたので、勝手に推察してみました。↓

可能性として考えられるのは、『鏡の井』を復活させるため東区馬出に飛ばすつもりの白龍の杖を、一回飛ばし間違えたんじゃないだろうか説。正解であれ!!完。


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【晴明の井】

福岡県太宰府市朱雀4丁目18-55