ビートを刻んで山登り【岩門城跡】

前回から引き続いて
(→映える隙がまったくなかった【高津神社】

【高津神社】社務所脇の階段から【岩門城跡】の山頂を目指しますよ。
約200mの山城です。別名【龍神山城】。かっこいい。

登りはじめはきつかったけれど、空気はきれいだし鳥のさえずりは聞こえるし、低い山だから気持ちも楽です。

wikipediaの岩門城の項を参照します。

【岩門城跡】は、築城の詳細は不明だそうですが、古くは平安時代に安徳天皇が岩門に滞在された際、その警備のために大蔵種光が築城したという言い伝えがあるとのこと。

鎌倉時代の元寇では、太宰府を守る重要な拠点となりました。少弐氏の居城だったけれど、幕府の内乱(霜月騒動)の影響による少弐家の家督争い(岩門合戦)において、少弐景資は兄の経資に攻められてこの城で自刃したのでした。

その後、城主は変遷しますが、豊臣秀吉の九州征伐の時期に廃城となったのでした。

おや!?井戸!?↓

辺りに誰もいないんで、大声でラップを歌ってみました。



もちろんオリジナル。

道中には案内のノボリが立っているので、安心して歌えます。

ですが、たまに急な上り道なんかが現れると、つい歌声も途切れがち。

『三の曲輪(くるわ)』という案内板があらわれました。↓

説明板がなくなっていたので、私が以前訪れた時の写真も合わせてどぞ!!

曲輪は郭(くるわ)とも書くそうで、軍事的・政治的な意図を持って、削平・盛土された平面空間のこと。

その先には『二の曲輪』。↓

こちら説明板。

そして今度は『堀切』という案内板。これは「外敵の侵入防止や遅延のために曲輪や集落の周囲や繋ぎの部分を、人工的に開削して溝(堀)するもの」とのこと。↓

上り坂に岩がごろごろっとあって

今度は『主郭』。
これは「日本の城の中核となる曲輪(くるわ)の名称である。本丸・一の曲輪・本曲輪・一の丸とも称される。
中世の山城では、本丸に当たる主郭に大将が居する陣屋を置き、戦時や城に立て篭もるときは麓の館から主郭の陣屋に入って指揮を執った。」とのこと。↓

説明板。↓

この先には『北の曲輪』があって↓

展望台になっています。そうです。到着したんです。↓

ここにはベンチと説明板と

眼下に広がる絶景。

安徳天皇が滞在されたという仮の御所「安徳台」、日本書紀に記述がある用水路跡「裂田溝(さくたのうなで)」、遠くには「現人神社」。→ここから始まるお【現人神社】
那珂川には歴史が詰まっていますね。

帰り道は、途中で分岐するので、間違えないように!!
下りはだいぶ楽です。

池が見えてきた!!ん!?↓

道間違えた!!

不安になったので「セイ ホーオ!?」とかいって、コールアンドレスポンスなんかもしてみます。
レスポンスはないけれど、気にせずそのまま進むと…。

スタート地点の【岩門城跡】登山口に出てきました。↓

【高津神社】をスルーしたけど、無事でよかった。

登って下りて1.5時間くらい。気軽に登れる山城は楽しかったです。

蚊と蜘蛛と蛇が、私の行く手を阻みがちでござったが。


【岩門城跡】

福岡県那珂川市大字山田