破れ車をブイブイいわせ西へ東へ駆け巡る【箱崎車僧観音】
福岡市東区の箱崎地区に鎮座する『筥崎宮』。その参道から一歩「ふれあい通り」に入りこみ、それからそのまま真っすぐ進んだ通り沿いに、
【箱崎車僧観音】がそっと佇んでいます。ここは小さな通りの角ですし車の往来も激しいので、
つい見過ごしてしまうかもしれません。(※筥崎宮のお話はこちらでも!↑)
ちなみに、その【箱崎車僧観音】そばには、
「利休石」があるという『長性禅寺』があって↓
さらに少し歩いたところには、
『網屋天神』(↑)も鎮座する、ここはそんな歴史のある場所。↓
では【箱崎車僧観音】のお話に戻ります。こちらの名前にある「車僧」っていったいなんなんですか。いったいなにが起こってるんです!?車の僧!?
そばに説明書きがありましたので、さっそく読んでみたいと思います。↓
「車僧」とは深山正虎禅師という人物のこと。京都の太秦や奈良の吉野でお寺を開きました。いつも破れ車に乗って、自由自在に行きたいところへ行くので、みなは【車僧(くるまぞう)】と呼びました。
700年前のことを平気で話していたので、700歳と云われました
700歳というのは、車僧が皆に700歳だと思われたのか、はたまた「700歳」というあだ名がついたのか、どっちの意味合いなのでしょう。多分あだ名かな。続きます。↓
博多の『承天寺』にて僧侶になりました。箱崎にやってきて、この地の松の木の上で坐禅をしました。その松の木は1875年に伐採されました。
「車僧」こと深山正虎禅師は観音様を熱心に信仰していたため、この場所に【車僧観音堂】が建てられました
とありました。ちなみに博多の『承天寺』は、饂飩蕎麦発祥之地であり山笠発祥之地とのして良く知られています。↓
(※承天寺を訪ねたお話はこちらで!↓)
ここで気になったのが、「車僧」がチョイスした700年って数字。なんとも絶妙な匙加減です。70年だとインパクトにかけるし7000年だとリアルじゃなさすぎます。
そして破れ車でブイブイいわす「車僧」っていう、破天荒具合。
あれ?これって!?今でいうと?
そう。今でいうならロックスター。バンドでいうなら「セブンハンドレッズ」のボーカルで、のちにバンド休止からのソロ活動に至る。さながら。
【箱崎車僧観音】
福岡市東区箱崎2丁目11-1