醤油蔵なら見つかるまいて【西郷南洲翁隠家之跡】

先日のこと。

福岡市中央区の親不孝通りをブラブラ散策し

ちょっと小道へ入ってみたところ

つい、あうっという声が漏れ出てしまったのだった。こんにちは。

というのも、見てください。【西郷南洲翁隠家之跡】。

ずいぶん前のことにはなるんですが、この通りへやって来たことがあって、そして同じような写真を撮っていたんです。

それがこちら。背景に月日の流れを感じます。

ああ月日は永遠の旅人。知らないところで、知らないうちに、色々な出来事が進行しまくっている。恐ろしい。

ちなみに、同じフォルダー内にこんな写真も発見。どこで撮ったのかさっぱり覚えていない『親不孝通り発祥の地』の思ひ出。↓

そんなことはさておき、西郷隆盛ですよ。隆盛。どうして隆盛はここ福岡の地に身を隠していたのか。隠れなくてはいけなかったのか。

全く分かりませんので、ネットで調べてみましたところ

どうやらこういったことらしいんです。↓

長いこと鎖国していた日本に外国勢が押し寄せることになりました。開国の態度を示す幕府。その一方で、開国だめだめ勢。幕府ふざけんな勢。これが攘夷派。

過激化していく攘夷派に対し、幕府は取締りを強化。その極みが安政の大獄で、これは井伊直弼による超弾圧。その対象に勤王の僧侶である月照が含まれていたのだった

続きます。↓

西郷隆盛は彼を薩摩で匿うべく、京都から逃れ薩摩へ向かいます。その道中に立ち寄ったのが福岡の地だったということみたい。

その滞在の間、福岡の攘夷派お醤油屋さんが、醤油蔵に西郷隆盛を匿うことに。月照はまた別の場所に匿われたとか

そのお醤油屋さんの蔵が、この碑が立つ場所にあったと。つまりですよ、時代の変遷を辿ると、醤油蔵→居酒屋→そして現在オシャレなお店。他にも色々あったと思うけど。

のち、西郷隆盛は一足先に薩摩へ帰国。遅れて辿り着いた月照は薩摩への入国を許されず、隆盛と日向へ向かうことに。

その道中に隆盛と入水。享年46。隆盛は一命を取りとめる。これは福岡勤王志士である平野國臣による救出だったとか

(※平野國臣についてはこちらのお話でも!↓)

(※月照についてはこちらのお話でも!↓)

終わり。


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【西郷南洲翁隠家之跡】

福岡市中央区舞鶴1丁目1-30