青丹吉寧楽乃京師者咲花乃薫如今盛有【大宰府展示館01】

前から気になっていた場所を訪ねてみようと思い立ち、

福岡県太宰府市にある『大宰府政庁跡』の、ほんのすぐ右隣にある施設【大宰府展示館】へ向かいましたので、今回はそのお話をしたいです。こんにちは。

『大宰府政庁跡』へはこれまで何度も訪れていますし、

その前を走る「政庁通り」だって幾度となく駆け抜けてきました。

だのにどういうわけかなぜなのか。これまで足を向けることのなかった【大宰府展示館】へ、今回勇気を振り絞って訪ねてみた、そんなお話になります。

でも待ってその前に、久しぶりの『大宰府政庁跡』ですので、挨拶がてら軽く散策しておきましょう。

やっぱり相変わらずなんにもない!!

なんにも変わらない景色。それがー、一番、大事ー。

政庁跡の敷地真ん中に聳え立つ三基の石碑は、それぞれ(この写真は裏からだけど表から見た場合、→)、右が「太宰府碑」で真ん中が「都督府古趾碑」。そして左に「太宰府址碑」。

また政庁跡の周囲にはいくつか説明書きが立っていますので、一通り見て歩きたいと思います。例えばこちら。↓

読んでみると、↓

万葉集にも詠われているいにしえの西の都。「遠の朝廷」として繁栄を誇った大宰府。平安末頃には役割を終え田畑と化してしまいました。大宰府跡の保存は江戸時代に福岡藩が行った建物礎石の調査に始まります。昭和30年代には宅地開発の計画も

とのこと。それからこちら。↓

そもそも!大宰府跡とはいったいなんなんですかと。説明書きによりますと、↓

古代九州の政治・文化の中心。日本の外交、対外防備の拠点であった大宰府の中枢。1300年前に設けられた。奈良平城京など宮殿と同じ構造の政庁、周辺に広がる官衙などで構成される。赴任者は遣唐使経験者など国際的に活躍した人物も多い

とありました。さらにこんな碑が立っていて、↓

そばにプレート。

こんな歌が記してあって、↓

少弐小野老朝臣が太宰府に着任した宴席での歌。青丹吉(あをによし)寧楽乃京師者(ならのみやこは)咲花乃(さくはなの)薫如(にほふがごとく)今盛有(いまさかりなり)

すぐそばにも説明書き。

こちらには、↓

万葉集筑紫歌壇。太宰府の梅。筑紫歌壇は、太宰府に滞在し万葉集に歌を残した著名な歌人集団。筑紫で詠まれた万葉歌は約320首あり、大伴旅人邸で開かれた「梅花宴」が有名。梅は大陸から渡ってきた先進の文物の一つ。太宰府は梅の名所で知られる

だそうです。ではそろそろ【大宰府展示館】へお邪魔するとしますか。いざ入館タイムだ!

案内が立っていて↓

そこにはこんな一文が。↓

大宰府展示館。大宰府跡の発掘調査によって検出された遺構(溝)の一部を保存公開するとともに大宰府の歴史を紹介する資料を展示。(昭和55年開館)

それから扉の前には、みんな大好き顔出しパネル!↓

休館日とか入館料といった施設に関する詳細があって、↓

スタンプラリー設置場所のご案内。↓

あれあれ!?受付はここじゃなくて建物の反対側みたい。↓

ぐるり廻って、あらためまして、↓

お話の続きは次回に!よろしくお願いします。

【大宰府展示館】

福岡県太宰府市観世音寺4丁目6-1

開館時間:9:00から16:30

休館日:月曜日

入館料:大人200円 大学生高校生100円 中学生以下無料