敵前回頭戦法(丁字戦法)で勝利に導く【東郷神社】
先日、久しぶりに東京へ行ってきたんですけど、なんか人めちゃくちゃ増えてないですか。

もうびっくりしちゃって。感動しました。ああ大都会東京。こうでなくっちゃ。
訪問者としては、混雑ぶりも街の持つパワーと受け止めますが、
日々の生活を送る東京在住の人々はいったいどんな気持ちなんだろう。どこへ行っても人が多いと、一人暮らしだって寂しくないとか!?逆に寂しいかな。
ところで、この多くの人々はいったいどこへ何をしに向かっているんだろう。摩訶不思議です。
大都会の大移動の謎。解明しようとは思わないけど、どうせ人が多いならってことで、竹下通りへとやってきたのでした。こんにちは。

JR原宿駅前からのびる竹下通り。さっそく足を踏み入れるも全然進まないんじゃん!都会、最高!とはなりませんよ、さすがに。

人の多さに酔ってきて気分が悪くなったので、そっと脇道へ逃げ、それからどこだか分からない道をぼんやり彷徨っていたら、目の前に神社が鎮座。

なんだろうとキョロキョロしていたら、東郷神社と書いてあります。境内は写真撮影禁止だって。(営業目的)を見落としていて、結局さっぱり写真は撮らず。

東郷神社は海軍軍人東郷平八郎を祀った静かな神社、とのこと。東郷平八郎といえば、
福岡市博多区の東公園に聳え立つ日蓮上人像そばに、

その胸像が立っており、↓

そこにはこんな説明書きが記されていました。

あらためて読んでみますね。↓
東郷平八郎は法華経の篤信者。日本海海戦で勝利を収めたあと、博多に寄港。福岡市長の案内で亀山銅像と日蓮銅像へ戦勝御礼に参拝され、また、皇太子殿下(昭和天皇)に従って再度参拝された。この胸像は有志によるもの
続きます。↓
当初、全面の銘板には「おろかなる心につくす誠をば、みそなわしてよ天つちの神」という歌を付してあったけど剥がされて改修しました
とのこと。ではここで、wikipedia「東郷平八郎」の項を参照してみます。↓
明治時代の日本海軍の指揮官として日清及び日露戦争の勝利に大きく貢献。日露戦争においては、連合艦隊を率いて日本海海戦で当時世界屈指の戦力を誇ったロシア帝国海軍バルチック艦隊を一方的に破ってその名を広く知られることとなった
続きます。↓
日本では、大胆な敵前回頭戦法(丁字戦法)により日本を勝利に導いた世界的な名提督として、国民の尊敬を集めた
だそうです。それから、福岡にまつわるこんなお話も記してありました。↓
書斎は福岡県久留米市に移築され、1926年に久留米市役所に寄贈された。1960年の有馬記念館オープンに合わせて久留米城本丸の篠山神社境内に再移築され、同地で保存されている
そうそう、

篠山神社境内左手にありましたよ、東郷記念館。
そこには由来記の碑が立っていて、↓

こちらもあらためて読んでみると、↓
東郷元帥は日露戦争にてバルチック艦隊を撃滅し国難を救う。久留米市出身の実業家故小倉敬止翁は元帥の崇拝者で元帥の書斎を拝受
続きます。↓
教育資料とするため久留米市に寄贈。ブリジストン社長石橋正二郎氏が有馬記念館を建築寄贈されるにあたり、元帥の書斎を移築復元
そんな由来のある書斎。さて荒れた気持ちもだいぶ落ち着いてきましたので、どこかラーメン屋にでも入ろうと思ったら、
あっちもこっちも長蛇の列!完。
【東郷神社】
東京都渋谷区神宮前1丁目5-3

