官道というかむしろ感動【寶満宮・八幡宮】

かつての防衛施設である【水城跡】を辿って↓

西門跡付近を官道跡に沿って歩いていたら↓(→ついに西門を通る日がきた01/02【水城06】

通りの先に↓

【寶満宮・八幡宮】が鎮座しているのを見つけましたので、訪ねてみたいと思います。↓

入り口に「猿田彦」の碑。↓

そして向かって右手には「吉松共同利用施設」。こちらは吉松地区のコミュニティセンター的なものなのかしら。分かりません。↓

正面に鳥居。そこは鎮守の杜。↓

あ、二宮金次郎先生。お久しぶりです。お勉強中にお騒がせします。↓

こちらの板には吉松地区の史跡が示してあって、とても便利。↓

そう、ここは吉松地区。いったいどういう場所なのか「太宰府市文化ふれあい館」のHPから参照したいと思います。↓

吉松区は太宰府市の西端に位置します。かつて見事な松がたくさんあり、博多湾に入る船はこの松を目当てに入港していました。枝振りの良い松が多かったことから「吉松」という地名がついたと伝えられます。

やっぱり地名は面白い。そして↓

現在の吉松区は、吉松村と枝村の園田村(現在は尊田と表記) からなっています。吉松区の氏神である【宝満宮・八幡宮】は、明治初年に吉松村の「宝満宮」に、尊田村の「八幡宮」が合祀されたものといわれています。

また

ご祭神は「玉依姫命」。境内末社として「八幡宮( 祭神は応神天皇一座)」 が祀られています。神社境内には他にも若宮の石塔、庚申塔が祀られています。

とのこと。では鳥居をくぐって境内へ。↓

「宮ノ森公園」と記してあります。つまり、この森のような公園の中に【宝満宮・八幡宮】が鎮座しているということでしょうか。

拝殿。↓

扁額には「寶満宮・八幡宮」。↓

そして本殿です。↓

「太宰府市文化財情報」のHPによりますと

本殿のこちらは「寶満宮の宮座」とよばれるものだそうで↓↑

宮座とは、まつり座を設けて神を迎え、供物を献じ、祈願・感謝をこめる行事。拝殿にて神事を執り行う。お供えは、野菜(大根、人参、ごぼう、栗、みかん等)と新米を供えている。

とのこと。

境内を振り返るとこんな具合で↓

社殿の右手には「薬師如来」。↓

そして裏には鎮守の杜。森というか小高い丘というか。ちょっとのぼってみましょうか。↓

季節がらもあって、虫がすごい。すごいったらすごい。↓

丘の上には「八幡宮遥拝所」。↓

先ほども参照した「太宰府市文化財情報」のHPに詳細がありましたので、こちらも参照します。↓

吉松の枝村である園田(尊田)の氏神「八幡宮」が本村の氏神「宝満宮」に合祀された(明治25年頃)ため、跡地である現在の太宰府歴史スポーツ公園相撲場入口付近に建てられた遥拝所。

福岡・筑紫野線道路開通のため、現在は宝満宮の裏山に移転した(大正9年)。

とのこと。

現在の場所に移る前は、スポーツ公園のこの辺りにあったということみたい。↓

丘の上からは、こんな素敵な眺めがひろがっているけど↓

でもね、盗人がお堂を破ったらしい。これは許されざる!!↓

偶然訪ねた太宰府市の【寶満宮・八幡宮】でしたが

思いがけないステキな景色に出会えて感動しましたよ。官道だけに!!


【寶満宮・八幡宮】

福岡県太宰府市吉松3-11-35