小さな丘に眠る太郎坊【石投げ地蔵】
西鉄大橋駅と西鉄高宮駅の中ほど。
どちらの駅からも20分ほど歩いた高宮通り沿いに、ファミレス(ジョイフル野間店)があるわけですが、そのすぐ隣に気になる階段を見つけました。
そばへ寄ってみると、階段の入り口には、使えるのか分からない井戸と
「子待の井」と記された石標を発見。
どうやらこの井戸は、なにか子どもにゆかりのあるものかなと推測していると、目の前に案内板が。
案内板によると
筑前風土記に塩煮塚と記録されるほどの古い歴史を持ち、山伏(修行僧のこと)が宝満山へ入峰する際には断食をしながら通ったという場所です。
ある時、太郎坊という山伏が修行途中に倒れ、帰らぬ人となりました。そこで石を積み上げて供養したというのがこの地蔵の由来。
境内の小石はイボの治療に効くという言い伝えから、イボ取り地蔵としても知られています。
また地蔵は安産子安のご利益もあります。
とのこと。
(ちなみに宝満山はここ)
さて階段をのぼります。
こちらが【石投げ地蔵】の祠。地蔵の周りは石で囲まれています。
境内にもたくさんの石がありました。
奥には石仏が並んでいます。綺麗に手入れされた様子から、地域で大切にされていることが伝わります。
ところで、かつての記録の中に「塩煮塚」と記されてあるのはどうしてなのでしょう。
ここから東へ10分ほどの距離にある、塩原(しおばる)地域の「塩原中央公園内」に潮煮塚の石碑がありました。
塩原は、その名前からも土地の由来が想像できます。
石碑の裏にはこんな記述が。
遠い昔まだこの地域が海岸線だったころ、この辺りはずいぶん広範囲に渡って人々が海水から塩を作って暮らしていた。
そして地蔵のある辺りを「塩煮塚」と呼んでいた。
そんな歴史のある土地だったということかしら。
【石投げ地蔵】
福岡市南区向野1-22
【塩原中央公園】
福岡市南区塩原2丁目5