山門までの雰囲気がいい戒壇院【観世音寺04】

前回の続きです。(→ご対面してからがスタートな宝蔵【観世音寺03】)↓

観世音寺の境内から細い道を左へ抜けていくと↓

【戒壇院】に辿り着きます。ほんのすぐ隣。↓

振り返ると観世音寺のきれいな境内。↓

さて【戒壇院】は天平宝字5年(761)に、唐の名僧で知られる「鑑真和上」を迎えて、創建されたのだそうです。

「三大戒壇」のうちの一つ「西戒壇」として知られ、ちなみに他の二つは「中央戒壇」である奈良東大寺と「東戒壇」である下野薬師寺。

もともとは『観世音寺』の子院だったけど、現在は臨済宗妙心寺派で聖福寺の末寺なのだそうです。つまり別のお寺ということみたい。↓

細い道を抜けてきたこちらの入り口は、境内右側の入り口のようで↓

通りに面したメインの入り口はこうなっている。↓

入り口そばには案内板がありますので↓

読んでみるとこんな具合。↓

戒壇は正式な僧侶となるための授戒を行う場所。鑑真により東大寺に設けられたのが始まり。その後、下野薬師寺とこの観世音寺に戒壇が置かれ、「天下の三戒壇」と呼ばれました。

そして

ここ西戒壇では西海道諸国の僧尼に授戒が行われました。江戸時代に再興され、本堂をはじめ、鑑真和上像、梵鐘、鐘楼等が新造されました。

また↓

元禄16年(1703)、藩命により観世音寺を離れて博多禅宗四ヶ寺の管理となり、現在は臨済宗妙心寺派の寺院です。本尊は「毘廬舎那仏」で平安時代のもの。

そしてもう一つの案内板には↓

鑑真は、来日した753年に観世音寺を訪れ、はじめて僧に授戒を行いました。761年に観世音寺に戒壇院が授戒の場として設けられました。

とありました。

では【戒壇院】境内へ入ってみます。↓

参道はこんな素敵な感じで↓

こちらが山門。↓

「西戒壇」。↓

「不許葷酒肉入境」。↓

では失礼しますね。↓

まず目に入るのがこの立派な鐘楼の姿。酒醸造業で財を成した白木玄流という方の寄贈なのだそうです。↓

そしてこちらは「鑑真和上」の供養塔。↓

本堂のまん前に灯籠。この辺りで「戒壇」つまり授戒が行われたということかしら。どうなんでしょう。↓

鑑真が中国から持ちこんだという菩提樹。↓

こちらは「西戒壇再興碑」とあります。↓

で、本堂です。↓

ぐっと近づいて↓

中をちらっと見てみると↓

本尊の「盧舎那仏」。その左が「弥勒菩薩」で右が「文殊菩薩」。↓

境内奥には「地蔵菩薩」もありました。↓

次回は、周辺を散策してみたいと思います。よろしくどうぞ。


【戒壇院】

福岡県太宰府市観世音寺5丁目7-10