つい五郎丸と言い間違える謎【五郎山公園】

先日、福岡県筑紫野市の原田地区に鎮座する【筑紫神社】を訪ねるべく、私はJR鹿児島本線に乗り込んだのであった。こんにちは。↓

そしてJR原田(はるだ)駅で下車するのであった。↓

駅の外観。↓

駅前ロータリーですよ。

まず、周辺案内図で【筑紫神社】の位置を確認していると↓

おや!?↓

あんた誰なんだ!?なんですかいったい。なにが言いたいんですか。↓

冗談で・す・よ。駅前には色々と案内書きがありましたので↓

ざざっと読んでみたいと思います。↓

ふるさとちくしの/五郎山古墳は、古墳時代後期の古墳で、玄室の奥壁などに船や狩りなどを描いた色彩壁画が残っています。

そして↓

五郎山古墳館は、壁画の意味を読み解いていくことを目的とした施設です。壁画を再現した実物大の石室模型があり内部を見学できるようになっています。

また↓

原田宿は長崎街道の宿の一つ。筑前六宿の南端にあり、肥前国と筑後国に接した国境の宿場でした。「関番所」が置かれ往来手形を調べる関番がいました。

さらに↓

原田宿は参勤交代をはじめ、長崎から江戸へ向かうオランダ人など多くの人が往来していました。伊能忠敬『測量日記』には、博多道と長崎街道の追分に出ると正面に筑紫大明神の鎮守の森があることが記されています。

とのこと。見どころが多そうでわくわくしてきました。原田宿の絵図。↓

いまいちど地図を確認してみると↓

【筑紫神社】へ向かう道すがら、【五郎山古墳】そばを通るようになっている?みたい?ですので↓

せっかくだし寄り道したいと思ってます。↓

JR原田駅入り口の交差点を↓

右へ曲がっていくんだけど↓

その交差点のところに案内板がありましたので↓

ちょっと読んでみますね。↓

原田宿。長崎街道原田宿は筑後国・肥前国と接した国境の宿場でした。そのため往来手形を調べる関番所が置かれていました。軒先に「関番所」と書かれた行燈が下げられ、そろいの法被を着た二人の関番が常駐していました。

宿はこういうふうになっていて↓

ちなみに、原田の隣の山家というのは、日田街道を辿った時に訪れた『山家』のことですか。(→日田街道とか言ってたら長崎街道【日田街道13】)↓

こちらは原田宿の風景。↓

それでは先へ進むことにします。↓

住宅街へ入った先に見える、あの奥の緑が【五郎山古墳】だと思う。↓

ほら、言った通りに↓

到着です。↓

イノシシ注意!!↓

つまり、この五郎山公園のどこかに【五郎山古墳】があるというわけで↓

それはずばり山に登るということ!?え待って。やば。続きは次回。


【五郎山公園】

福岡県筑紫野市原田3丁目9-5