南側は自然丘陵に土塁状の地形【続天神山水城跡】
つい先日のことです。
ずいぶん前に訪ねたことのある『天神山水城跡』の、その脇にのびる小道をたまたま通りがかりましたので、
今回はそのお話をしてみたいです。こんにちは。

『天神山水城跡』というのは、小水城の一つとして知られているわけですが、そもそも水城とはいったいなんぞやと。なんなんですかと。
そう尋ねる皆さまのために、いまいちど過去記事内からざっくり参照してみましょう。↓
水城とは、白村江の戦いで敗れた日本(大和政権)が、唐・新羅の連合軍の攻撃に備えて造った防衛施設。土塁であり濠であり壁であり、といった建造物。
「小水城」というのは、四王寺山から約1.2キロの長さの「水城大堤」の、さらに先の谷あいに造った小さな水城のこと
で、そのいくつかある小水城のうちの一つが、こちらの『天神山水城跡』だというわけです。

その『天神山水城跡』があるこちらの場所はその名のとおり天神山。入り口から続く階段を上までのぼってみると、

薄暗い木立の中に古墳がぽつんぽつんと並んで二つありました。

その水城跡入り口手前には説明書きが立っていますので、前回の復習も兼ねて読んでみたいと思います。↓
太宰府市と大野城市にまたがる大堤(大土塁)とその西側に連なる丘陵の谷間に造られた土塁の中で、天神山はその西端にあたります。
【天神山土塁】は自然丘陵を利用し、大土居側へ人工の土塁を造っています
端ってことはつまり、ここが東西にのびる水城の片方の終着地点ということ!?ですよね。

逆に、ここ西の端から東へ向けて水城跡を辿る場合は、この写真を真っ直ぐ前方(東)へと進んでいくことになります。

そしてその道筋は、次に『大土居水城跡』へと続き(※大土居水城跡のお話はこちらで!↓)、
さらに東へのびたあと、最終的には四王寺山の麓まで続くのでした。完。あれ!?

ちょ待って。ちょちょっと待って。小道を挟んだ南側になんかありますよ!?公園!?近づいてみましょう。

ほら、前にはなかった広場が出来ている。そして「ここは特別史跡水城跡です」と記されている。なんで今?ひょっとして水城跡ブームきてるとか!?

それはさておき。広場内には説明書きがいくつか立っていますので、それぞれ読んでみようじゃん、ですよ。

まずは「天神山水城跡と周辺の文化財」から。この説明書き内の「天神山古墳」の項には、こんなことが記されていました。↓
天神山水城跡の土塁がとりつく、自然丘陵部の最も高い所に造られた、全長約35mの前方後円墳と、低墳丘の円墳があります
続きます。↓
前方後円墳は後円部にある盗掘の跡から石室の一部が見えます。詳細は不明
それからこちらの説明書きも。↓

読みますよ。↓
664年、唐・新羅による博多湾からの侵攻に備え、福岡平野を遮断する長さ1.2kmの水城が築かれ、その西側には幾つかの谷を塞ぐように小規模の水城が造られました
ふむふむ。続きます。↓
ここもその一つ。朝鮮半島からもたらされた技術を活かして、長さ約140mの土塁による城壁がつくられ、東にある大土居水城跡とともに防衛線を形成しています
さらにこちらの説明書きも、

読みます。するとォ!!
天神山水城跡は自然丘陵の東側に土塁、南側に土塁状の地形があります。東西方向の土塁は長さ約140m、幅約20m、高さ約4mです
は?南側!?土塁状の地形?なにそれ。続きます。↓
他の水城跡と同様に異なる土を何層にも積み重ねて築かれています。これに対して南側は自然丘陵に向かって帯状に連続する地形を切り土して土塁状の地形を形成したと考えられます
南側だってさ。いや聞いてないんだけど!!↓

それを踏まえて、こっちの説明書きも↓

読んじゃいます。↓
水城跡は、665年に築かれた大野城跡、基肄城跡とともに防衛線を形成しており、朝鮮半島から伝わった防衛構想に基づく施設を模したものと考えられます
続きます。↓
大宰府跡の北側に大野城跡、南側に基肄城跡、博多湾側に水城群、筑後平野側に関屋土塁、とうれぎ土塁、前畑遺跡の土塁状遺構、東側に阿志岐山城跡
続きます。↓
天神山水城跡も明らかな人工の積み土による東西方向の土塁だけでなく、南北方向の土塁状の地形も防衛線の一部を担っていると考えら、古代の防衛の要衝地であったといえます
こちらが、添えられた地図。現在地から上(南)へ進む防衛線というのは、↓

しばらく南へ進み最終的に『基肄城跡』まで辿り着く、ということみたいなんです。知らなかったなあ。新たな学びとなりました。

地図からの情報だと、上(南)へ進む防衛線というのはこの方角。ここをずうっと進んだ先ってこと。↓

ということで、せっかくなのでちょっとあの上り坂まで向かってみちゃおうと、

さっそく足をのばしてみたはいいんだけど、

そこはただ住宅地が広がるばかりで別にどうってこともなくて、だから結局、

もう足パンパン!とかウダウダ言って、

そのまま来た道を下ったのでした。

いつか基肄城跡まで訪ねてみたいものです。

終わり。
【天神山水城跡】
福岡県春日市天神山1丁目156

