君が想い出で過ぎ去るあなたなのに【善一田古墳公園】

福岡県大野城市乙金(おとがな)にある【善一田古墳公園】を訪ねました。

御笠川から続く「飯塚大野城線」の上り坂を上っていって、そして右折。↓

「現人橋乙金線」をさらに上へ上っていくと↓

乙金山の麓に大きな公園がきれいに整備してあります。こちらが【善一田古墳公園】。↓

【王城山4号墳】のわりとすぐそばで(→古代の人へ伝えたいことは案外無い【王城山4号墳】

公園には駐車場・トイレ完備。説明書きもたくさんあって、親切設計です。↓

平成31(2019)年4月に公園として開園。もともとは、この地区の宅地開発調査の際に古墳が見つかったことから、古墳の発掘や公園整備が始まったとのこと。

古墳は山の斜面で発掘されているので、つまり公園も丘陵部になっている。

その【善一田古墳】がどういったものなのか↓

公園入り口にある案内板や↓

大野城市のHPを参照しながら、公園をぐるっと歩いて、様子を見てみることにします。↓

【善一田古墳】は6世紀後半~7世紀後半という古墳時代も終わりに近い時期の群集墳です。総数30基ほどが発見されました。

発掘調査を行った27基のうち9基の古墳を公園として保存し整備しています。

【善一田古墳】の特徴としては

鉄器作りに携わる人々・朝鮮半島との交流に関わる人々の古墳群であると考えられています。

乙金山の隣には、古代山城である大野城が665年に築城されました。その折、この地の人々が築城に関わっただろうという説もあります。

こちらの古墳群の中では「18号墳」が最初に造られ、そして最も大きな古墳(直径約25mの円墳)。↓

鉄の刀や馬具そして鍛冶具といった出土品から、18号墳は地域を代表するリーダーもしくは職人を統括していた人物のお墓だったのではないかと考えられていて

その18号墳からは「新羅土器」が見つかっている。また26号墳からは「三累環頭柄頭」が出土していて、これらは朝鮮半島との結びつきを示す貴重なものと考えられているとのこと。

18号墳以外にも、園内のそれぞれの古墳には特徴的な説明書きが記してあるので、見て回るのがずいぶん楽しいです。↓

こちらは『閉塞石』。↓

『新羅土器』は表面をスタンプで装飾するのが特徴らしい。とかね。↓

私はあっちから来たんだよ!!(1枚目の写真はあの辺)↓

頂上からの景色。↓

写真と照らし合わせる。↓

そしてそばにはこんな説明書きがありました。↓

「名もなき英雄の道」!!このJPOP感!!いいと思う。


【善一田古墳公園】

福岡県大野城市乙金東1丁目29