静寂には静寂の理由がある【東光院境内】

前回の続きです。(→今と昔じゃ距離感がだいぶ違う【飛来神社】

前回、私は博多区吉塚に鎮座する【飛来神社】を訪ねたわけですが↓

その【飛来神社】の前の通りを真っ直ぐ進むと、【東光院境内】に辿り着くようになっています。↓

もともと【飛来神社】は【東光院境内】の入り口に鎮座していて、のちに現在の場所へ遷座したというお話もありましたね。(前回記事より)

こちらが、その【東光院境内】の正面入り口。↓

そばに案内板がありましたので↓

さっそく読んでみたいと思います。↓

806年、最澄により天台宗の道場として開山。正保4年(1647)福岡藩2代藩主黒田忠之により密寺東光院と合併、真言宗薬王密寺東光院に改宗。

仏像・文化財そして境内地は現在福岡市へ譲渡され、境内地は市史跡に指定されています。

どういうことかといいますと、お寺の最後の住職がお寺の宝物を福岡市に無償で寄贈したあとに、お寺は廃寺になったのだそうです。だからここは現在、東光院「跡」。



山門をくぐって境内へ。山号は「瑠璃光山」。こちらは山門の扁額。↓

突然、参道を振り返る私。↓

こちらが本堂かな。↓

ご本尊は「堅粕薬師」としても知られているという『薬師如来立像』。境内は広くて静かで味わいがある雰囲気だよ。↓

石仏。↓

最後の住職「清藤泰順尼」。↓

境内には鐘楼も。↓

明治維新という時代の大転換によってお寺が黒田藩という庇護から離れたことから、寺院はその宝物を手放してしまった、という説もあるのだそうです。

ちなみに現在、薬師如来立像などの【東光院】の文化財は「福岡市美術館」にて常設展示されていて↓

そして【東光院】は今日も静寂に包まれているのであった。


【東光院境内】

福岡市博多区吉塚3-20-37