大野城市の名前は大野城に由来しており【大城山01/02】

前回の続きです。↓

ふと大城山(四王寺山)に登ろうと思い立ち、さっそく『大野城総合公園』へ向かって↓

それから総合体育館裏にある登山口を目指したのでした。↓

これが前回のあらすじ。では今回も続きます。(※山全体の総称が四王寺山、その中で一番高い山が大城山なのだそう)↓

登山口を目指して先へ進むと、そこにはフェンスというか扉があって、なんと施錠がしてあるよ!!YO!!↓

やられたあ!とか言いながら、近づいて見るとほら。↓

左へ迂回するようになっています。

 

さらに進むと↓

アスファルトの林道が私の行く手を横切っており↓

この林道を越えて『歴史の散歩道』を辿っていくというのが今回のコースになります。↓

案内板があって↓

地図もある。↓

ざっと読んでみると、こんな具合。↓

663年の白村江の戦いで大敗を喫した日本(倭)は、敵の攻撃に備えて、水城とともに大野城・基肄城を築きました。さらに対馬や北部九州に山城を築いたほか、瀬戸内海沿いに点々と山城を築きました

    そして↓

    大野城市の名前は大野城に由来。およそ1350年前に造られた水城跡や小水城跡が今も残り、四王寺山の上には大野城跡があります

    では、大城山登山口から↓

    出発です。↓

    気持ちが良い一日。↓

    細い道を抜けると↓

    さっそく展望台。早くない!?なくなくない!?↓

    でも、なかなかのビューである。↓

    向こうに見えるのは油山?背振山?↓

    先へ進むと↓

    遊歩道が横切っていて↓

    案内地図がありましたので、しっかり確認します。↓

    残すは1000m。↓

    でも、わりとあっさり↓

    880m。↓

    そして再び、林道がわたしの行く手を阻むのだ!↓

    というのは冗談だけど、そのまま通りを渡って、先へ進みます。↓

    なんて書いてあるのか読めないと思って↓

    ちゃんと撮り直しましたよ。あと720m。↓

    ここは『歴史の散歩道』中間点。↓

    まだまだ階段は続きます。↓

    この先に博多湾まで見渡せる展望所があるよ、と誰かが言ってる。↓

    それがこちら。↓

    第2展望所。↓

    そして、次回に続くのであった。↓


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    【大城山】

    福岡県大野城市乙金