旧県庁舎の痕跡はどことどこどんどこどん【旧県庁舎跡】

前回の続きです。↓

前回、江戸時代の石垣を探し求めて、福岡市中央区の天神地区に建つ【アクロス福岡】を訪ねました。そして

そのついでに、天神中央公園奥にある『福岡藩処刑場跡』へ向かってみました。

すると、処刑場跡の碑が工事中で移動中。これもまた天神ビッグバンの影響!?

移動中とはいいましても、実際のところは、たかだか2,3メートルの距離。そしてそこからさらに2,3メートル離れた所には

なんだかギリシャっぽい雰囲気が漂う一帯があるのであった。

これはいったいなんなのか。天神ビッグバンによって福岡にもオリンピックがやってくるのか!?冗談はさておき

そばに説明書きがありましたので

さっそく読んでみます。

この石柱は昭和59年1月に旧福岡県庁舎が解体されるまで玄関などに使われたものです

ここにはかつて福岡県庁舎があったらしい。

 

そういえば、前回記事の石垣そばにも重厚な柱が建っていましたね。あれも名残なのかな。↓

また天神中央公園入口のところにも

いくつか、それっぽい柱があって↓

そばには説明書き。↓

読んでみると↓

天神中央公園及びアクロス福岡一帯には明治9年(1877)から昭和56年(1981)まで県庁が立地していました。県庁はルネッサンス様式を主体とした木骨レンガ造の2階建半地下式延べ8400㎡余の建物でした

ルネッサンス!響きがいい。沿革も記してあって↓

明治9年、福岡城内から当地に県庁舎(木造)を移転。明治44年、県庁舎(旧県庁舎)の新築工事に着手。大正4年、県庁舎竣工。昭和56年、県庁舎を東公園に移転。跡地に天神中央公園、アクロス福岡を建設

説明書きに添えられた旧県庁舎の写真。↓

さらに、場所はちょっと離れるんですが↓

福岡県春日市にある『春日公園』園内の、噴水広場の周囲にも↓

旧県庁舎の名残がひっそりありましたよ。なんでここに!?なんで。それはともかく↓

江戸時代に藩処刑場があった(と考えられている)場所に

明治維新後、県庁舎が建てられて、のち昭和59年の移転後には

天神中央公園(とアクロス福岡)として整備された、というのが歴史の流れ。

現在の様子は、地図で見るとこういう具合。↓

おや!?そうなるとですよ。江戸時代、明石家の邸宅と藩処刑場はお隣さんだったってこと!?藩処刑場が本当にこの地にあったとすれば、ですけど。

なにか他に歴史の痕跡を示すものはないものか、辺りをウロウロしていると

なによこれ。なんなの。

なんなんですか。これ。なんなんあんあななあんこあれ。

続きは次回!


【アクロス福岡】

福岡市中央区天神1丁目1-1