名花の誉国中にかぐわしく【新釈諸国噺 猿塚/太宰治】

つい先日のこと。

夜も夜。ふわふわーみたいな心持ちで「太宰府市文化ふれあい館」のHPを見ていたら、

太宰府と関わりのある文学作品として、『時間の習俗/松本清張』が紹介されていたんです。

こちらの作品はちょっと前の記事内でお話しさせていただきましたYONE!?

紹介作品の並びには、もう一つ気になる書籍が取り上げられていて、それはなにかと言いますと『新釈諸国噺 猿塚/太宰治』なる作品。

『新釈諸国噺』を構成する一篇として「猿塚」という作品がある形。お話自体は治のオリジナルではなく井原西鶴の作品を翻案したものだそうです。

さっそくさくっと読んでみましたので、今回はそのお話をしたいと思います。こんにちは。

 

ここからはネタバレしかしませんので、ご注意願います!

新釈諸国噺は12篇の短篇から成りたっており、それらが始まる前にまず「凡令」なる前書きが記されていました。

それはこんな具合。↓

これは西鶴の現代訳ではない。西鶴は世界で一番偉い作家。物語の舞台は諸地方にわたるよう工夫した。むきになって書いた

では「猿塚(筑前)」のお話を見ていくことにしましょう。↓

太宰府に白坂徳右衛門という酒屋の長者がいた。その息女お蘭は美形ならびない。ある日の雨宿りで、隣町に住むなんのへんてつもない質屋の若旦那桑盛次郎右衛門を慕うようになったのだった

続きます。↓

おいおいおいとそこで出てくるのが徳右衛門(お蘭の父)。彼はお蘭に向けて紙屋彦作との縁談をととのえる。

それを知った二人(に加えてお蘭が飼う猿の吉兵衛)は駆け落ちするも当然貧乏世帯暮らし。そんな中、菊之助をもうけるのであった

続きます。↓

猿の吉兵衛が菊之助の面倒を見て湯船に浸からせる際、不覚にも熱湯に入れてしまい、菊之助は帰らぬ姿に。夫婦二人が悲しみに暮れる中、猿の吉兵衛は自害するのであった

猿塚というのはざっくりこんなお話。

救いのない悲しいストーリーから、いったいなにを読み取れば良いのか。治はをどうしてこの短篇を取り上げたのだろうか。

巻末の奥野健男解説を参照させていただくと、こんな指摘がありました。↓

太宰の目は西鶴と同じ。人間のどうにもならないおかしさ悲しさに注がれている。人間の底辺をみようとするリアリズムの結晶。挫折の悲しみがテーマ

ふーん。しんみりすることしきりである。そもそも猿ってなに!?終わり。