みんなー!こーんにーちわー!!【金隈遺跡公園】
福岡市博多区の「金の隈」地区を走る国道3号線から脇へちょっと入って↓
奥へ奥へと進んでいくとそこは「月隈丘陵地域」。ここからあともう少しだけゆるやかな坂道を進むと、↓
ようやく【金隈遺跡公園】に到着です。こちらが今回の目的地。読み方は「かねのくま」。↓
公園の入り口は広場みたいになっており、↓
その広場の隣りには「観音ヶ浦池」がこんにちは。柵越えるとキケン!!たしかに!!
公園の敷地はわりと広くて、↓
園内には「展示館」があって、奥には「弥生の森」がある。さらに「円墳」まであるとかないとか!?盛りだくさんで大忙しの予感!
そして敷地全体が、豊かな緑に囲まれているといった趣きなんです。
とにかく広くて静かな環境なんだけど、ちょっと静か過ぎて、独りきりの訪問は心細いかもしれません。
まずは説明書きを読んでみることにします。↓
ここ【金隈遺跡公園】は、弥生時代前期末から後期初頭(紀元前200から紀元2世紀頃)の約400年もの月日をかけて形成された共同墓地の跡。
規模が大きく保存状態も良かったため、大変貴重な文化財とされています。348基の甕棺墓と119基の土壙墓、2基の石棺墓そして人骨が136体発掘されています。
また、ここは王族だとか首長が眠るお墓ではなく、庶民の共同墓地だとされています
とのこと。それでは【金隈展示館】へ入館しましょう。無料です!!
もともと出土地点の一部を保存するために造られたという、こちらの展示館。
ダダっと広がる館内には、たくさんの甕棺墓が発掘当時のまま展示されています。その数なんと約100基とか。
そして甕棺の中には人骨が当時のまま残されていたりもするらしい。↓
ちなみに、甕棺は比較的小さなものが多く、それは子どもの死亡率が高かったからだとか。↓
また人骨の身体的特徴や副葬品の素材などから、渡来人の影響が色濃く出ているとのこと。↓
そんな共同墓地は、結果として約400年続いたわけですが、その長い年月の間に埋葬方法にも色々と変化がありました。
初めのうちは「土壙墓(どこうぼ)」、それから「甕棺墓」がトレンドになり、次に「石棺墓」といった具合。
そして、それら多種多様なスタイルのお墓が、こちらの共同墓地で見つかったというわけです。
では展示館を出て、公園をぐるっと散策してみることにしましょう。↓
こちら「弥生の森」に円墳があるみたい。横穴式石室。↓
石室らしいんだけど草がぼうぼうで、なんだかよく分かりません。感想としては、草が生えてるぞって感じでした。↓
今日みたいな天気の良い日には、軽い散策なんかぴったりかもしれないけど、↓
でも園内には来園者が他にいなかったし(※私の訪問時は)、だいぶ静かですので、独りでの訪問だと心細さがあるかもしれません。
とはいっても展示館の館内には、たくさん居たといえば居たんだけど。でもほら、見えないから。完。
【金隈遺跡甕棺展示館】
開館時間:9時~17時(入館は16時半まで)
休館日:月曜日
※ご訪問の前に要確認です。お願いします。
福岡市博多区金の隈1丁目39