幸福の総量は極限されてんだ【蜆/梅﨑春生】
つげ義春『漫画術(下巻)』を読んでいたら、

作品『山椒魚』を語っているちょうど67ページ辺りにこんなお話があったんです。
実存的な意味あいのもやもやはずっとありました。梅崎春生を読み始めた気がします
ページ下部に梅崎春生の注釈があって、そこには↓
福岡生まれ。独自な心象風景を描写
と書いてありました。また作品『義男の青春』を振り返って語る場面p226では
私小説なんかをたぶん意識していたんだと思うんです。私小説をちょっと意識していて
とのこと。むむ。私小説とはなんぞや!?気になります。そこでこんな書籍を借りて読んでみました。『私小説ハンドブック/秋山駿・勝又浩監修』。

書籍には「私小説」についてこういう具合に記してあって、↓
私小説は日本人が作り上げてきた誇るべき文学の一様式。その誕生以来一度も芳しい評価を受けたことがない(p1)。
日本社会と「私」の変容変質を常に敏感に汲み上げ、時代のなかの「私」を質としても方法としても探究し表現してきた(p2)
続きます。↓
一般的な定義というと「作者自身が自己の生活体験を叙しながらその間の心境を披瀝してゆく作品(広辞苑)」。
田山花袋の『布団』を私小説の始祖だとする見方が定着(p11)
それから、wikipediaの「私小説」の項も見てみると、↓
作者が直接に経験したことがらを素材に、ほぼそのまま書かれた小説をさす。ロマン主義を否定する形で生じたリアリズム(写実主義)の極北に位置
とありました。
また書籍『私小説の生き方/秋山駿・富岡幸一郎編』には、私小説の名作が多々取り上げられており、

そこでさっそくページをめくると、まず田山花袋の『少女病』でいきなり度胆を抜かれ、それから太宰治の『トカトントン』でその不思議な味わいにやられることに。
個人的には、意識して読んだ梅﨑春生の作品『蜆』がとても印象的でした。ざっくり言うとこんなお話(ネタバレ有)。↓
とある酔った男が、電車内で、酔った私に話しかけるところから物語は始まります。震える私が男に外套をねだると、男はさっさと脱いで私に手渡すのでした
続きます。↓
後日私が酔ってベンチで寝ていると、例の男が私から外套を剥ぎ取るや、元気で家に帰れよと声をかけ、そのさらに二三日後、駅前の広場で二人は再開することに
続きます。↓
その場で、男に起こった蜆にまつわる出来事を聞いた私は、男にもう一度だけ外套を着させてもらい、そして外套を売ったお金で二人で痛飲。最後に手を振って別れたのでした
終わり。巻末の作者紹介の欄には梅崎春生について↓
福岡県生まれ。終戦まで兵士生活を送る。第一次戦後派作家として活躍。代表作に「桜島」「幻花」
と記してあって、またwikipediaの「梅崎春生」の項からも参照させていただくと↓
1915年- 1965年。海軍体験を基にした『桜島』の成功で第一次戦後派の代表的存在に。心身不調となり『幻化』を遺して没した。
福岡市簀子町生まれ(現中央区大手門)。徴兵を受け、鹿児島県で暗号兵として敗戦を迎える。戦後、『素直』編集部に勤め「桜島」を発表。「ボロ家の春秋」で直木賞受賞。肝硬変により急死(度々の深酒癖が原因だった)
なのだそうです。福岡市中央区大手門はこの辺り。↓
完(敬称略)。