映える隙がまったくなかった【高津神社】

福岡県那珂川市にある【岩門城跡】へ行きました。標高195mの山城。つまり、山に登りましょうというわけです。

登るにもいくつかルートがあるみたい。実はね、私はかつて、東側(多分)から登ったことがあるのだ!!↓

その東側というのは、中腹くらいまで車で行けて、駐車場もたしかあったので、だいぶ楽に歩けるコースだったらしい。

私はずっと歩きだったので、特に楽でもなんでもなかったんだけど。

さて、今回は【高津神社】からのルートで攻めたいと思います!!

575号線から↓

『裂田溝(さくたのうなで)公園』の方へ向かいます。(→立ち塞がった大岩は祈るが吉【那珂川裂田溝02/03】)↓

そのそばにある細い道に入りますよ。↓

そこから道なりに進んで、左に曲がると↓

立派な鳥居が現れます。↓

とても良い雰囲気。

さらに行くと案内板があって↓

【岩門城跡】のあれこれが記されていました。↓

岩門城の城主は、かつて元寇で活躍した武将の少弐景資(しょうに かげすけ)。

兄経資(つねすけ)との争いに敗れ、この城で自刃。40歳

とのこと。

左へ進めば【高津神社】を通らない登山口。↓

今回は真っ直ぐ登って、まずは【高津神社】へ向かおうと思います。

入り口には杖替わりの枝が置いてあるので、お忘れなく。ここは急な階段がずっと続くらしいのでマストですよ!!マスト。↓

上りはいいんだけど、下りはやだな。下るの苦手。↓

目の前に続く階段を、ぜえぜえ息を切らしながら登ります。



「インスタ映え」な景色に囲まれているんだけど、私には映えてる余裕がないんだよ!!

とか、そんなことをブツブツ呟きながら進んでいると、大きな岩があって↓

その上に鎮座するのが【高津神社】です。別名『高津稲荷大明神』。

平安時代にこの地を治めていた「原田種直」が、前原市の「高祖神社」を勧請したのが始まりなんだそう。

ここまで時間的には20分くらいだけど、結構きつかった。20ほどの鳥居と140段ほどの石段を通り過ぎてきたということらしい。

では、小さな境内で一休みです。

こちらの案内板には↓

ご祭神  「高津正一位稲荷(豊宇気毘売神・とようけひめのかみ)」
「原田種直 岩門城主(龍神山・たつかみやま)」
「高津権現 (原田家の守り神である。糸島郡前原町八幡神社の熊野権現様から分配された)」

と、いたってシンプルな記述だけれど、左の空白が気になるよ。↓

拝殿内。↓

こちらに境内社。↓

こちらにも↓

ちっちゃな鳥居もあったよ。↓

息切れも収まって呼吸が落ち着いてきましたので、【岩門城跡】へ向かうことにします。そう、さらなる高みを目指すからさ。↓

社務所右脇の、この小道から登っていくんですが、お話の続きは次回。→ビートを刻んで山登り【岩門城跡】

途中で、蛇がいきなり横切ったんで、さっそく凹むわ!!「映え」っちゃ「映え」だけど写真撮ってないし!!


【高津神社】

福岡県那珂川市大字山田359