ただぐるぐる廻ってただけ【桜ヶ峯神社】
前回に続きます。(→そっと通り過ぎたばかりで【加藤司書屋敷跡】)
前回はといいますと、私は福岡市中央区の赤坂地区を訪ね、加藤司書の屋敷跡がある小道をアンニュイな雰囲気で通り過ぎたのだった。こんにちは。
そして今回は、そのままの足で近くの坂道へと向かい↓
そこからグイグイとTEPPEN目指して駆け上がろうじゃんと思うのであった。↓
ちなみに前回のお話にもありました通り、この辺りはどこを見ても坂道に囲まれていて
なぜならそれは、ここがかつて「赤坂山」という山だったからなんだそうです。
はたまた、加藤司書屋敷跡があることからも分かるように、武家屋敷があった場所でもあるよということらしい。
そんなこんなで出発です。なんとか頑張って坂を上っていくと、その先のところに「赤坂緑地公園」がありました。↓
そこからさらに先へ進んで
細い小道を抜けてみると↓
小さな階段を発見。↓
見上げた先には鳥居がドン。そう、こちらは【桜ヶ峯神社】。「桜ヶ峯」というのは集落の名前で、ここから現在の「桜坂」の名が誕生したとのこと。
それでは階段を上ってお邪魔してみたいと思います。↓
ご祭神は「瀬織津媛神」「速佐須媛神」「気吹戸主神」「速秋津媛神」。
由来についてはこんな具合。↓
かつて欽明天皇の時代、ここ大鋸谷桜嶺の地に光を発する石像があって、これを祈願すればご利益あり!とかいうので「荒具神社」として奉祠しました。
また↓
寛永の時代、谷に光を発するモノがありました。見つけて驚いた人物の夢に「私の像を掘り出して祀れや」と神様のお告げが。さっそく掘り出してみたところ、そこから神様の像身があらわれたのでした。
!?おやおやこのエピソード!
例えば福岡市中央区の【掘出稲荷神社】だとか(→お兄さん見つかりましたよ!【掘出稲荷神社】)↓
福岡市城南区の【城南菊池神社】(→首が落ちたり胴が落ちたり1/2【菊池神社(胴塚)】)にも↓
似たようなお話がありましたよね!なにかしら関係があるのかな。
さて由来書きはもう少し続きます。↓
承応の時代には、藩主黒田忠之がこの地で鷹狩をした折、霊験顕著なのに驚いて社殿を改築しました。またここは有名な修験道場としても栄えたのでした。
振り返ってみるとこんな景色。↓
社殿。↓
手水舎。↓
参拝を終えてさらに小道を抜けてみたり
途中で見つけた公園でウキウキしたりウロウロしたりしているうちに↓
私はついぞ坂道を下り終えていたのであった。
了。
【桜ヶ峯神社】
福岡市中央区桜坂2丁目11-34