六月堂のこと【大野城市巡杖記01/赤司岩雄著】

わりと以前のことになるんですが、雑餉隈の『木造聖観音立像』を訪ねた時に、

こんなお話を耳にしたんです。↓

毎年「六月堂」という祭りが行われていたけれど、現在は地域のお祭りと一緒に行われています。「六月堂」の起源には「鎮西上人の安産祈願」という伝説があります

ここに出てくる「六月堂」がいったいなんなのか分からず、疑問を残したままでいたんだけど、

そののち、福岡市南区に鎮座する『熊野神社』を訪ねた時に、

気になる記述を発見したんです。↓

毎年7月28日に「六月堂」と呼ばれる儀式があり、本来は子どもだけで執り行われる祭典。現在は夜に花火などして楽しみます

子どもだけの祭典!?また、福岡市博多区に鎮座する『半道橋地禄神社』を訪ねた時には、

昭和初期まで子ども達が正月に絵馬を祭り、七月に親達にダンゴを作ってもらいお祭りをしていました。これまで大人達は、神社の祭りを子供達にさせていた

という、子どもだけのお祭りにまつわるお話がありました。

さらに!『筑紫野市歴史博物館』で手にした解説プリントには、↓

筑紫野市では子どもたちの夏祭りを「よど」といいます。よどは「宵宮」の意(柳田国男/日本の祭)。天満宮で7月24日に「よど」が行われるのは、この日が道真公の命日の前日にあたるからで、御通夜の意味があるとされています

というお話もありました。

そしてつい先日、書籍『大野城市巡杖記/赤司岩雄著』を読んでいたところ、「六月堂」について語られている箇所がありましたので、↓

ざっくり参照させていただきたいと思います(ありがとうございます)。↓

p38 子ども達が境内を掃除し参道を万国旗と御神灯で飾り夏祭り六月堂を行っていた。集めたお賽銭で購入した花火と御供えの饅頭などを平等に分配。夏の夜の楽しい思い出

続きます。↓

p39 この六月堂の行事は子ども達だけの完全な自治活動であった。太平洋戦争の終戦とともに中止

もう少し続きます。↓

この六月堂の行事は大野城市内で「六月堂」又は「およど」と呼ばれ夏休みになる七月に行われていた

七月なのに六月堂!?

従来の大陰暦の六月が太陽暦の七月になったけど、呼び名だけは「六月堂」

だそうです。永年の謎が解けてすっきりしました。終わり。


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