八の字旋回にて波状攻撃【筑紫平和祈念館】
先日読んだ書籍『筑紫れくいえむ』に、

機銃掃射で撃たれた駅の待合室が、筑紫地区に保存されているというお話がありました。
どういうことかと言いますと、↓
戦時の昭和22年8月8日、筑紫地区で米軍グラマン機による西鉄電車機銃掃射事件が起こりました。多くの犠牲者を出した辛い戦争の記憶
その記憶を未来へつなぐべく保存されている当時の待合室を見に、今回、西鉄筑紫駅まで出かけてみました。そのお話です。
※書籍『西鉄沿線の近現代史』にもこの西鉄銃撃事件に関する記述がありましたので、

一部参照させていただきます(ありがとうございます)。↓
西鉄福岡駅発の下り電車は井尻駅付近で空襲警報のため停車、乗客はいったん車外に避難。警報解除で電車は再び走り始めます。雑餉隈駅では九州飛行機の工場関係者が乗り込み満員状態
続きます。↓
一方、上り電車は大牟田駅を出発。空襲警報で宮の陣駅に停車後、解除のため出発。筑紫駅に向かっている最中、数機の米軍戦闘機に機銃掃射を受け緊急停止
続きます。↓
下り電車は筑紫駅へ滑り込む前に機銃掃射を受け走行不能に。目撃証言では、死者だけでも150人以上と言われています
とのこと。では筑紫地区へと向かうことにします。
あれ、筑紫野市マスコットキャラクターのつくしちゃんじゃん。こんにちは。

筑紫野市へ入っていきます。

線路の先(右)が西鉄筑紫駅(下り)。

こちら右方向が福岡方面(上り)。↓

田園風景が広がった先に

西鉄筑紫駅(東口)。

駅員の方に待合室について尋ねると、それは西口側にあるコミュニティセンターのことであろう、と教えていただきました。そこで筑紫駅西口へ。

ここから駅前の通りを真っ直ぐ進みます。

すると、ほんのすぐ先の左手に筑紫コミュニティセンターを発見。

さっそくセンターの方に尋ねてみると、
公園へまわってごらんなさい。広場奥にプレハブをあなたは見るでしょう。
透明の扉越しではあるけれど見学可である
と、そんな言い方じゃないけど丁寧に教えていただきました。

また解説の紙「西鉄筑紫駅列車銃撃事件の記憶」もいただきましたので、

まずは読んでみたいと思います。↓
戦争が終わるわずか一週間前の出来事でした。西鉄筑紫駅をおそったアメリカ軍の戦闘機は、占領した沖縄の飛行場から飛び立ってきた第340戦闘機中隊のロッキードp-51ムスタング戦闘機12機の部隊であった
続きます。↓
アメリカ合衆国国立公文書館には、当時銃撃した戦闘機が記録したガンカメラのフィルムが保管されており、銃撃している映像が残されています
紙の裏面には、下り電車運転手の貴重な証言が記されており、読むと胸にせまるものがありました。

ロッキードP-51ムスタング戦闘機。↓

では公園奥へ向かいます。↓

こちらが、当時の待合所が保存されている『筑紫平和祈念館』。↓

カメラを寄せて撮ってみると、こんな具合。↓

そばに説明書きがありましたので、

こちらも読んでみますね。↓
現在、この事件を物語る資料はわずかしか残っていません。昭和56年筑紫駅移設に伴ってホームに残っていた「弾痕の残る待合所」が取り壊されることに。地元の熱意により西鉄から譲り受け保存してこられました
攻撃時の状況も地図で示されており、↓

のちに駅の移設があったとのことで、場所は違うかもしれませんが、筑紫駅東口のこの辺りが「下り電車襲撃箇所」にあたりそうです。↓

それから先述のガンカメラの様子が、まずこちらと↓

それからこちら。↓

といったところで見学はおしまいです。

戦争と平和を振り返る、貴重な経験となりました。

終わり。
【PR】西鉄沿線の近現代史
【筑紫平和祈念館】
福岡県筑紫野市筑紫634-7 筑紫コミュニティセンター内
