藤原だから藤。たしかに!!【武蔵寺】
福岡県筑紫野市にある【武蔵寺】を訪ねましたので、そのお話をしたいです。では聞いてください。↓
福岡方面から筑紫野方面へ31号線を南下し↓
こちら「天拝公園入口」の信号機から右の道へと入っていく。↓
しばらく進むと案内板が出ていて↓
「天拝山登口」と刻まれた石碑が立っています。↓
【武蔵寺】というのは天拝山の麓にあると聞いていましたので、案内通りにそのまま進んでみます。↓
すると通りの先に曲がり角があって↓
さらにここを左へ。↓
こっちね。そっち。え?どっち?とか言って。↓
さらに真っ直ぐ進んでいくと↓
右手に見えてくるのが、今回の目的地【武蔵寺】です。↓
そばに案内板がありましたので↓
読んでみると、こんな具合。↓
武蔵寺跡は、創建が奈良時代に遡ると考えられる古代寺院。「今昔物語集」「梁塵秘抄」などの古典にその名が登場するなど、平安時代後期には隆盛を誇っていたと考えられます。
また↓
武蔵寺につたわる縁起によれば、藤原鎌足の子孫で壬申の乱に功績のあった藤原虎麿による創建とされています。
とのこと。そして武蔵寺と天拝山図。↓
読めないけど、こんな歌碑や↓
こちらの説明書きには↓
ざっと、こう記されていました。↓
明治維新を築いた三条実美ら西遷の五卿は、緊迫の中において二日市温泉や武蔵寺に憩いを求めたのでした。
こちらはお地蔵様。↓
ちなみに武蔵寺からさらに進んでいくと、「御自作天満宮」や「紫藤の滝」があるらしくて↓
どうやら、ここを抜けた先のようなんだけど↓
それは、またのちほどに。まずは山門をくぐって【武蔵寺】へお邪魔することにします。↓
境内。↓
梵鐘や石碑。↓
こちらが、半禅居といって↓
なんとかの画窓なんだそう。読めん!ごめん!↓
そしてこちらの石碑が↓
「自然石梵字板碑」。とにかく、そういうものらしい。↓
池に架かる小さな橋を渡って↓
筑紫野市の巨木!!↓
他にも色々と碑が立っていて↓
さらに奥へ進むと↓
先に見えるのが本堂。↓
振り返ってみると、こんな景色。↓
そして本堂前に見えるのが藤棚です。↓
【武蔵寺】の藤は大変有名なんだそうで、藤の季節には藤まつりが催されているのだとか。↓
さっそく藤棚に近づいてみると、「長者の藤」と書いてあって↓
説明書きもあったので↓
読んでみると、こんな具合です。↓
「武蔵寺縁起絵図」によりますと、武蔵寺創建の伝承を持つ藤原虎麿が自身の姓にちなんで「塔堂の盛衰は、この藤の盛衰にあらん。」と誓って藤の木を植えたと伝えられています。
絵図。↓
こちらには由来書きがあって↓
ざっくり言うと、こういうことみたい。↓
天台宗椿花山武蔵寺といいます。九州最古の仏蹟といわれています。ご本尊は椿樹の一木彫りの薬師如来で、二日市温泉もこのご本尊の霊夢で発見されたといわれています。
『霊水』。↓
『般若心境の古塔』と↓
『般若心境 一字一石経塔』。↓
御札所。↓
『御本尊薬師如来』。↓
『瓜埋納処』。これは「瓜の輪切りが法輪に似ていることから、瓜を祈祷に使うようになったといわれる。」とのこと。↓
『大黒尊天』。↓
石像がずらりと並ぶ。↓
こちらは『観世音菩薩』。↓
境内はこんな雰囲気。↓
御守護授与所。↓
『大日如来』『釈迦如来』。↓
『蔵王地蔵菩薩』。↓
『筆塚』。↓
こちらは『大龍神』と書いてあって↓
近づいて見ると、そこには『撫で龍神石』と
かえるの姿が!!↓
『波切不動明王』。↓
そして『観音経写経塔』。↓
さらに【武蔵寺】の教え的なのがあって↓
『芭蕉の句碑』も。↓
さて、とりいそぎぐるりと一通り【武蔵寺】を廻って見学してみましたが、いかがであっただろうか。↓
先ほども述べたように、ここから先に進むと、『御自作天満宮』が鎮座しているんだけど↓
そのお話は、また次回に。よろしくどうぞ!!
【武蔵寺】
福岡県筑紫野市武蔵621